<<第36章>>
■第37章 師匠
「おい、千熊丸、遊ぼうぜ」
「遊べるわけがなかろう。私は牢屋の中なんだぞ」
芥川城の座敷牢で囚われの身となっている千熊丸の前に現れたのは、三好柚太郎と芥川孫十郎である。
幼馴染ともいえる二人の登場に、千熊丸の心は少し和らいだ。
看守は何故か席を外している。
「それにしても久しぶりだなあ、柚太郎、孫十郎」
「今はもう柚太郎やないんや。柚爺様をあんなふうにしてしまった以上、柚太郎なんて名乗れん。今は、名を改めて、新三郎や」
柚太郎改め新三郎は答えた。
「お前、また人質になってんのか(笑)」
「人質ではない。それよりももっと悪いぞ。罪人だ(笑)」
孫十郎の冗談めかした問いに、千熊丸は答えた。
「それにしても、堺以来やなあ!元気にしてたか!堺で喰った柚は酸っぱかったなあ!今でも体を鍛えてるのか?・・・」
孫十郎は何故か大きな声で他愛もない話をしゃべり続けた。
「千熊丸、耳を貸せ」
新三郎は牢の中の千熊丸を手招きした。
「今から俺が質問することには、絶対に答えるなよ。答えたら、お前は殺されるかもしれん。俺も、孫十郎も、お前には岩千代丸みたいになってほしくないんや」
岩千代丸とは、大物崩れの直前に、薬師寺国盛の寝返りにより、細川六郎に殺された、国盛の嫡男の岩千代丸のことである。「第21章 大物崩れ」を参照してくれ。
新三郎のこの耳打ちを悟られないようにするために、孫十郎は不自然な大声で話し続けていたのである。
「それにしても、お前、すごいやないか。六郎様と本願寺を和睦させたらしいな。どうやって和睦させたんや?」
新三郎が大きな声で質問した。
(なるほど、このことを、三好政長は、新三郎と孫十郎を使って、聞き出そうとしているのか)
千熊丸は合点した。
「それは教えられん」
「教えてくれや、俺らの仲やないか」
孫十郎も尋ねた。
「すまんな、こればかりは誰にも教えられんのだ」
「ケチなことを言うなよ」
二人は、口ぶりだけは残念がりながら、目は安心してニコニコとしていた。
「千熊丸、何か欲しい物はあるか。差し入れしてやるぞ」
「では、古今和歌集を頼む。それと囲碁もやってみたいなあ」
「分かった。お前が答えてくれるまで、囲碁の相手をやってやる」
「よし、お前が好きな連歌にも、付き合ってやってやろうやないか」
「ところで、戦況はどうなっているんだ?」
「こっちが押しとる。連盛爺が大活躍らしいぞ」
「連盛様、お強いですなあ」
「さすが三好の一族じゃ」
京の陣中で、阿波の武将らは、連盛の軍勢の強さをほめた。細川国慶の軍勢と戦っている最中であるが、勝負はもう見えていた。
「戦に強くなるためには、家臣を鍛えなアカン。大将ばかりが強くても、一人で戦はできん。いかに家臣の能力を向上させていくかや。ヒーッヒッヒッ」
三好連盛は、自慢気に語って、引き笑いした。
「師匠、敵方が、大将同士の一騎打ちをさせろと騒いでいます」
七人童子の一人・博之が陣に駆け込んできて言った。
「アホちゃうか。こっちが押しとんのや。応じることはあらへん」
連盛は答えた。
「こちらの大将は、長逸様だ。長逸様、どうなさいますか?」
「わしも腕に覚えがある。一騎打ちで早期に決着がつくのなら、応じようではないか」
「待て待て待て。お前は出たらアカン。相手の力量も分からんのやぞ。それに総大将は年長者の俺や。安い挑発に乗るな」
連盛は長逸を制止した。
「師匠、一騎打ちに応じてくださいよ。一騎打ちから逃げたら、武士の名折れ。不名誉ですよ」
「そうですよ。師匠の槍は、今でも天下一なんですよね?負けるはずありませんよ」
「俺も久しぶりに師匠の強さを見たいです」
七人童子の博之、建、慎二は連盛を煽った。
「俺は武士の中の武士や。俺の槍は今でも天下一や。そこまで俺の強さが見たいというなら見せてやろうやないか」
連盛は槍を持って立ち上がった。
「あいつら一騎打ちに応じやがった。バカな奴らだ。こうなりゃ死んでも大将の首だけは獲ってやる。俺様の強さを見やがれ!」
国慶は息巻いた。
「おーい、俺と一騎打ちをやりたい言うアホは誰や?」
連盛が大声で呼びかけた。
「俺様だ!」
国慶は飛び出し、連盛のほうへ駆け寄った。
「なんだ、こんな出っ歯のヒョロヒョロの爺さんが大将かよ。楽勝だな」
「誰がヒョロ出っ歯や。体型を維持しとるだけや。今からお前は、悪魔も命を散らすという、この名槍・散魔(さんま)で、三枚おろしにされるんや。覚悟せえよ」
「はっ、こけおどしを。お前を討って、その名槍もろとも、首をいただいてやるよ」
「ほざけ若造・・・引き笑いの呼吸・三の型、三枚おろし!!!」
連盛は、恐ろしく鋭い踏み込みと共に、槍を下から振り上たかと思うと、すぐさま振り下ろした。燕返しの逆バージョンである。
「ひえ~!」
連盛の穂先は、国慶の鎧を引き裂いたが、致命傷には至らなかった。
「初見でこの技をかわすとは・・・お前もやるな」
「やべえ爺さんだ。このままでは死ぬ。退却だー!」
国慶は一目散に逃げ出した。
「おい、一騎打ちやなかったんか?」
「命までやると言った覚えはなーい!」
連盛の問いに、国慶は逃げながら答えた。
「おい、阿波の衆!あいつらを追撃しろ!京から追い払え!」
「おう!」
阿波勢は国慶らの後を追った。
「さすが、師匠!我らが大黒柱」
「やっぱり、引き笑いの呼吸は無敵だ!」
「よっ、笑柱!」
七人童子はそろって「ヒーッヒッヒッ」と引き笑いをした。
「長逸、お前にも、引き笑いの呼吸を教えてやろう」
連盛は得意げに長逸に声をかけた。
「・・・わしは・・・遠慮しておく・・・」
「毘沙門天様、何とぞ、何とぞ、俺に強さを与えてください・・・」
摂津・原の神峯山寺(かぶさんじ)で、松永久秀は懸命に祈っている。
大阪府高槻市にある神峯山寺は、日本で最初に毘沙門天が安置された霊場である。天台宗の寺院だが、開山したのは修験道の開祖・役小角だ。楠木正成や足利義満も帰依した名刹で、松永久秀も神峯山寺の毘沙門天を手厚く信仰した。
余談だが、神峯山寺は紅葉の名所である。近くには芥川城跡もあるので、ぜひ訪れてくれ。
「最近、毎日のように参拝しておるではないか。何故にそれほど熱心なのじゃ?」
声はすれども姿は見えない。
「毘沙門天様が俺の願いに応えてくれたのか・・・実は、三好元長様という素晴らしい方に、裏切ったにもかかわらず、命を救われたのです。ですので、元長様の遺児・千熊丸様の力になるために、強くなりたいのです」
「ほほう。その千熊丸様のために、命をかけて忠義を尽くすということか?」
「はい!命をかけて忠義を尽くします!」
「武士の本懐は忠義。忠義を尽くすということであれば、わしが兵法を授けてやってもいいが。どうする、弟子になるか?」
「是非とも弟子にしてください!」
「よかろう」
「ありがたき幸せ!」
「流派は鞍馬流じゃ。かの源義経も学んだ兵法じゃ」
「すごい!」
「では早速、手ほどきをしてやろう」
「どうすれば?」
「なんじゃ、わしが見えんのか?見下ろしてごらん」
久秀が見下ろすと、背の小さな修験者がいた。
久秀は怪訝な顔をした。
「おいおい、なんじゃその顔は。わしを信用できんのか。ならば軽く手合わせしてやろう。思いっきり打ってこい」
久秀は木切れを拾い、半信半疑で、打ってかかった。
「え?」
久秀は修験者の姿を見失った。かと思うと、弁慶の泣き所に強烈な痛みを覚えた。
「いてえ!」
すると今度は尻の穴に違和感が。
「おっと、動くなよ。ちょっとでも動けば、お主の尻の穴は一生使い物にならなくなるぞ」
修験者は、久秀の尻の割れ目に杖を差し込んでいた。
「これぞ秘技・尻ばさみじゃ」
「ま、参りました・・・ところで、師匠、お名前をうかがってよろしいでしょうか?」
「わしの名は、式部じゃ」
「紫式部?何式部ですか?」
「ただの式部じゃ」
わしがキャスティングするなら、式部は池乃めだか師匠じゃ。
「おいおい何や、こんな大勢で。俺に話って何や?」
連盛の仮屋敷に、長逸ら阿波の武将らが押し掛けた。
「単刀直入に言おう。連盛様、あんたは本当に三好の一族か?」
市原源次郎が尋ねた。
「当たり前や。千熊丸は納得しとったやないか」
「俺は納得できん。あんたの名など、聞いたことがない」
「それは事情があってやなあ・・・」
「それに、あんたの家臣も怪しい奴らばかりじゃないか。なぜ皆、覆面をしてるんだ?」
「あいつらは、戦で顔にやけどを負ったんや。そんな顔をさらさせるのは可愛そうやろ」
「あんたが三好の一族だと分かる証拠はないのか?」
「そこまで疑っているのなら、仕方がない。盛長、盛政、お玉さんを呼んできてくれ」
連盛の子である三好盛長と盛政は、奥へ引き込んだ。
「なんでっか、わてに用とは?伊賀からここに着いたばかりやのに」
老婆が2人に連れて来られた。お玉である。
わしがキャスティングするなら、お玉は、中村玉緒さんじゃ。
「お婆様・・・孫四郎です!」
長逸がお玉に駆け寄った。
「孫四郎、孫四郎か。こんなに大きゅうなって・・・」
「長逸様のお婆様ということは、之長様の奥方の五位女様か・・・」
阿波の武将らはざわついた。
「お玉さん、すまん。実は、こいつらが、俺が三好の一族か、疑っとんねん」
「この子は之長の子です。私の子やないけど。この子ほど、三好のことを思っている子はいやしまへんよ・・・それに比べて、阿波の衆は、私を見捨てて、阿波へ逃げて・・・私のことは忘れてしもたんか?」
「皆、お婆様が死んだと思っていたのです」
長逸が答えた。
「まあ、そういうことや。之長の親父が処刑された後も、俺はお玉さんを救うために摂津を駆け回ったんや。そして逃れ逃れて、伊賀で身を潜めてたっちゅうこっちゃ」
「そうだったのか・・・」
「これで分かったやろ。今後は俺に従ってもらうで。ところで、市原、お前、未だに押領を続けとるらしいな。はよ止めえよ!」
「・・・はい」
「ちょっと今から、長逸と、三好一族の件で話がしたい。お前ら、先に帰ってくれるか」
阿波の武将らは、長逸を残し、引き揚げた。
「長逸。お前の父親の長光は、それはそれは、いい男で、しかも優秀な武将やった」
「・・・」
「三好の軍事の中核は長光やったんや。之長の親父も、長光に全幅の信頼を置いて、任せっぱなしやった。それで、体を動かさんようになって、しかも飲み食いし過ぎて、ブクブクに太って、最後は逃げられずに捕まってしもうた。あれだけ逃げ上手やったのに」
「・・・」
「だから、お前は太るな。体型を維持しろ・・・長光も、之長の親父が捕まったもんやから、弟の長則と一緒に、高国方に出頭してもうたんや。そこは、武士として、忠義を尽くしたわけやから、偉いと思うけど、俺から言わしたらアホやな。命があったら、なんぼでも復活できるやないか、俺みたいに。お前は、いざという時は、地の果てまで逃げろ。地の果てまで来たら、海を渡って朝鮮にでも逃げろ。そのくらいの気持ちでおれ」
「・・・」
「お前は長光に似て優秀や。そやけどまだ若い。俺が長光の代わりに、軍事も、他のことも、全部教えてやる。だから俺についてこい」
長逸は頷いた。
「チクショウ!このまま引き下がれるかよ」
国慶は、連盛から受けた傷の手当てをしてもらいながら呟いた。
「今に見てろよ。もう一度、京を手に入れてやる」
戦いの火種は、まだまだ燻っていた。
<<続く>>


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