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勝手に大河ドラマ「三好長慶」第33章 元長の亡霊

大河ドラマ

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■第33章 元長の亡霊

「おーい!おーい!」
 天文2年(1533年)3月初旬、一人の丸腰の男が、赤井方の陣に歩み寄りながら大声で叫んでいる。
「誰だ、あいつは?晴国方の使者か?」
 赤井方の兵はいぶかしんだ。
「俺は細川高国の弟の晴国だぜぇ。丹波国守護の代行だぜぇ。一人で、しかも丸腰でやってきたぜぇ。豪快だろぉ?お前たちも俺に協力してくれだぜぇ」
「嘘つけ!晴国が一人で来るはずがねえ!俺たちは高国の残党なんかに協力しねえんだよ。帰って晴国に伝えな!」
「本当に俺は晴国本人だぜぇ。豪快だろぉ?お前たちの力が必要だぜぇ。頼むから俺に協力してくれだぜぇ」
「うるせえ!・・・あいつに矢を射かけてやれ!」
 赤井方の兵は弓に手をかけた。
「馬鹿野郎ー!戻れー!」
 騎兵を引き連れた細川国慶が、馬上から叫んだ。
 矢が降り注ぐ中、国慶は晴国を馬に乗せた。
「長谷山城へ退却だー!」
 国慶は兵らに命じた。
「勝手に一人で行くなって、何度も言ってるだろ!お前は俺のものなんだからさあ」
「俺は俺のものじゃないぜぇ。お前のもんだぜぇ。豪快だろぉ?」
「赤井を説得しても無駄だ!あいつらは高国派には絶対に協力しねえ!あいつらが諦めるまで大人しく城に籠ってるしかねえ!分かったか!」
「分かったぜぇ・・・」
「まったくよう、この俺様を振り回すなんて・・・お前といると、ヒヤヒヤさせられっぱなしだ。まるで薄氷を踏む思いだぜ」

「今は薄氷を踏むように、慎重に行動するしかありません」
 淡路・洲本城で、三好政長は細川六郎に言った。
「そんなに千熊丸に気を使わなければならないのか?鼻まで折られたのに・・・」
「そうです。でなければ、本願寺には勝てません」
「わしは戦わなければならないのか?高国のように、どこかへ逃げられないのか?」
「どこへ逃げるというのですか?阿波へ戻れば殺されますよ。行く当てなんてありません。戦わなければ、ますます求心力を失い、結局は滅ぶだけです。何としても、千熊丸に屈強な阿波の兵を出させるのです。阿波衆が本気で戦うように、千熊丸も出陣させるのです」
「それにしても、千熊丸は恐ろしい奴じゃ。千々世は良い子じゃが、千熊丸は・・・あれは鬼じゃ」
 六郎は、千々世を気に入ったが、千熊丸には恐怖した。
「確かに、凄まじい強さでした。あの歳で・・・さすが元長兄の息子です。末恐ろしい」

「最近、恐ろしいものが出るらしいですね」
 堺で、意雲(いうん)が将棋の駒をパチンと打ちながら言った。意雲については第23章を参照じゃ。
「何が出るのだ?」
 対戦相手の豪商が尋ねた。
「三好元長の亡霊ですよ。一向一揆の者らが、二度とこのようなことをしないと元長に約束したのに、約束が破られたので、証如を殺すと言っているそうですよ」
「お主がその手の話をすると、妙に説得力があるな・・・」
 青ざめる豪商を見て、意雲はニヤリと笑った。

「最近、恐ろしいものが出るらしいのう」
 茶人の鳥居引拙(とりい いんせつ)も、弟子との茶会で言った。鳥居引拙については第25章を参照じゃ。
「その噂、聞いたことがあります」
 参加者の一人が言った。
 元長の亡霊の噂が、意雲や鳥居引拙の協力で、堺で徐々に広まっていった。

「千熊丸ちゃん、九条稙通様が協力してくださるって!」
 3月末、阿波・勝瑞館で、斎藤基速が千熊丸に報告した。
「行空様が・・・基速、ありがとう!」
「京へ行くのにかなり苦労したけど・・・ちょうど良い時に来たなって、おっしゃってたわよ」
「ちょうど良い時?」
「2月に関白になられたのよ」
「か、関白?!」
「でも、お金がないから、天皇陛下への拝賀はされていないらしいわ」
「行空様も、京で苦労されてるんだなあ」

「もう疲れた・・・」
「やっと八上城に着いたぜぇ。これから京を狙うぜぇ」
 同じ頃、晴国と国慶の軍勢は、波多野秀忠の待つ八上城にたどり着いた。
 疲労困憊の国慶に対して、晴国は意気揚々としている。
「気が早えよ!ちゃんと情勢を探ってからだ。また一人で勝手に飛び出すんじゃねえぞ!」
 国慶が怒鳴った。
 軍勢が八上城の門をくぐると、秀忠と三宅国村が出迎えた。
「よくぞ参られました」
「苦労したぜ・・・」
 秀忠に国慶が疲れた顔で答えた。
「苦労したでしょうね・・・」
 秀忠が察した。
「国村、情勢はどうだ?」
「本願寺勢が、摂津で、六郎方と一進一退の攻防を繰り広げています。その背後を突きたいところです。六郎を淡路へ追い落としましたので、六郎方は、大将不在で士気が上がらないはずです。今が好機です」
 国慶に国村が答えた。
「軍勢も整えつつありますよ。満を持すなら田植えが終わってからのほうがよいでしょう」
「よし。では田植えが終わったら、まず俺が出る。晴国が暴走しないように、お前たちは見張っておいてくれ」

「軍勢を整えました。まず3千です。田植えが終わったら、さらに3千を、千熊丸様がご自身で率いて参陣するとのことです」
 4月、淡路・洲本城で、赤沢次郎が六郎と政長に報告した。
「大義じゃ」
「千熊丸も絶対に来るんだな?」
「必ず参ります。決死の覚悟で戦い抜くとおっしゃっておられました」
「良かった・・・」
 政長は胸をなで下ろした。
「摂津で一進一退の攻防が続いているとのことです。我らは兵庫津から上陸し、伊丹城へ入りましょう」
「そのように致せ」

 六郎と政長は、伊丹城へ入った後、大坂本願寺を攻撃したが、容易に落とすことはできなかった。
「千熊丸、早く来てくれ・・・」
 六郎と政長は祈った。

「千熊丸、お前自身が行くのか?」
 阿波・芝生城で、三好加介が尋ねた。
「はい。塩田胤貞や山城の元郡代の者らと共に行きます。加介兄は、烏天狗を育ててください」
「育ててやる。爺ちゃんの時より強くしてやる・・・ところで、この子は彦次郎というんだ。長家兄の遺児だ。賢いぞ。ここで学ばせてやってくれないか」
 三好長家は、桂川原の戦いで重傷を負い、その後亡くなっている(第4章参照)。政長の兄だ。
「彦次郎です。柚太郎は元気でしょうか?」
「堺にいる時は元気だったが・・・今はどこにいるのか」
 千熊丸が答えた。
「いずれは、堺の父の墓にも参りたいのです。お力をお貸しください」
「戦が落ち着けば、皆で参ろう。な」
 加介が言った。
 彦次郎は元服後、祐長と名乗ることになる。

「『泥にまみれて民の声を聞け。そして鍛錬を怠るな』・・・これが之長爺の遺訓だ」
 5月、芝生城で、千熊丸は弟たちに言った。
「ということで、お前たちにも田植え競争に参加してもらうぞ」
 千熊丸は弟たちを連れ、数名の伴と共に、南門から水田に向かった。
「殿様じゃ!千熊丸様じゃ!」
 田植えの準備をしていた老若男女の農民たちが、千熊丸に気付いて歓声を上げる。
「皆の者、今日は私の弟たちを連れてきた。長弟の千満丸は、私より賢いので、これからは千満丸を『阿波の神童』と呼んでくれ・・・千満丸、手を振ってやれ」
 千満丸は、自信満々で手を振った。農民たちは、またも歓声を上げる。
「いよいよ今日から田植えだな。私の弟たちも田植えに参加させる。十歳までの子どもら、手を挙げよ」
 二十名ほどの手が挙がる。
「まずは子どもらだけで田植え競争だ。一番の者には、このおしゃれな藍染の手ぬぐいを与える・・・お前たち、見よう見まねでやってみろ」
 千満丸らは、他の子どもの様子を見ながら、草履と足袋を脱いで、恐る恐る田の泥に足を入れた。
 すると、リーダー格の老人が苗の束を千満丸らに渡しながら、「この苗を一つ一つ、少しずつ間隔を空けて、このように田に植えていくのです」と親切に教えてくれる。
「では行くぞ。あそこの畔まで、誰が一番早いか勝負だ。いざ、始め!」
 千熊丸の合図と共に、子どもらが慣れた手つきで苗を植えていく。
 千満丸には、その手つきがそれほど速いとは思えなかった。これなら追いつけるはずだと、一歩を踏み出そうとしたが、泥に足をとられ、思うように進めない。
 他の子らは苗を植え終わった。
 次弟・千々世は2番だった。
「1番は誰だ」
「俺だ」
「名は何と申す」
「信長だ。何故か生まれつき野望の大きな男児だ」
「・・・そ、そうなのか・・・このおしゃれな藍染の手ぬぐいは、お前のものだ」
「これぞ野望の第一歩よ」
 千満丸は、まだ田植えを諦めていなかった。しかし、焦ってバランスを崩し、頭から田に突っ込んでしまった。
「千満丸が、泥田坊のようになっておるぞ。わははは」
 千熊丸は、かつて元長にされたように大笑いした。他の子らも「泥田坊じゃ。妖怪じゃ」と笑っている。
 挫折を味わわせなければ、天狗のまま大人になり、失敗する。そのために元長は千熊丸の天狗の鼻を早めに折ったのだと、千熊丸にも分かった。だから弟たちにも同じことをしたのである。
「作戦どおりじゃ!わっはっはっは!」
 千満丸は立ち上がると、空に向かって大笑いし始めた。
 数日前、千熊丸は、千満丸にだけ作戦の全容を打ち明け、「私が死んだら、後のことは頼む」と千満丸に遺言していた。その時から、千満丸には阿波を背負う自負が芽生えていた。だから、たとえ田植え競争であっても、容易に負けを認めるわけにはいかないのだ。現代の諸葛亮孔明の自負もある。
「俺は野望の大きな男児だが、あいつのほうが、器がデカい気がする・・・」
 信長はつぶやいた。
「俺もやるー!」
 末弟・孫六郎も田へ飛び込み、「作戦どおりじゃ!わっはっはっは!」と、千満丸の横で大笑いした。
 その後行われた田植え競争の大人の部では、千熊丸がぶっちぎりで優勝した。

「・・・約束を破ったな・・・証如を殺す!」
 真夜中の堺で、元長と同じ鎧兜を身につけた者が、そう言いながら、一向宗の者らを角材で殴って次々に殺した。鎧兜は血まみれである。
「で、出た~!元長の亡霊だ~!」
 一人生き残った者が、叫びながら逃げ出した。

<<続く>>

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