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勝手に大河ドラマ「三好長慶」第32章 阿波の大狸

大河ドラマ

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■第32章 阿波の大狸

 天文2年(1533年)2月20日。阿波・撫養で、撫養掃部助(むや かもんのすけ)、阿古女(あこめ)、佐五郎、石成友通らが、墓の前で手を合わせている。三好元長と共に散った撫養隠岐守(おきのかみ)の月命日であった。
 石成友通は、足利義維から隠岐守の遺骨を受け取った日のことを思い返していた。
 義維は、阿波へ戻ってきた日の翌日、遺族ら一人一人に、遺骨の入った骨壺を手渡した。その際、阿古女は、夫・隠岐守の様子を義維に尋ねたのである。義維は、「隠岐守は『俺は”港の帝王”だ』と叫んで自身を奮い立たせ、元長の傍らで無類の強さを発揮して一揆勢を蹴散らし、傷一つ負うこともなかったそうだ。最期は、満足そうに笑いながら自害して果てていた」と答えた。阿古女は「ありがとうございます・・・」と義維に礼を述べ、号泣した。
「『港の帝王』の名は、おいらが引き継ぎます」
 友通は、隠岐守の墓前に誓った。
「おーい!」
 加地六郎兵衛が、大声で呼びかけながら駆け寄ってきた。
「すまねえ。火急の件なんだ。細川六郎が、淡路に逃げて来やがった」

「失礼いたします」
 2日後、三好千熊丸は、三好康長と三好長逸を伴い、勝瑞館の広間へ入った。既に、阿波国守護・細川彦九郎や赤沢次郎、撫養掃部助、加地六郎兵衛らがいる。
「千熊丸、ご苦労。六郎兵衛、あらためて状況を説明してくれ」
 彦九郎は六郎兵衛に命じた。
「2月12日に、細川六郎や三好政長らが、船で淡路にやってきた。3万の一向一揆に堺を急襲され、六郎勢は壊滅。六郎は、可竹軒周聡(かちくけん しゅうそう)を殿(しんがり)にして、逃げてきたそうだ。今は洲本城にいるぜ。俺たちが航路を警戒していると、一向宗の奴らの船が数艘、『仏敵・細川六郎を殺せ』と叫びながらやってきた。全部沈めてやったが、数が多くなると対応し切れなくなる。六郎は震え上がっているぜ。しかし政長は、なるべく早く摂津に再上陸して、大坂本願寺を叩かなければ、もっと大軍が押し寄せてくる。下手をすると、日の本全体が、加賀のように『百姓の持ちたる国』、つまり一向宗の国になっちまう、と言うんだ。取り返しがつかなくなる前に、千熊丸にも兵を出させろと言っている。どうする?」
「可竹軒周聡様は討ち死にされたそうです。木沢長政(天狗)も生死不明だとか。敗死したかもしれません」
 掃部助が補足した。
 なお、洲本城の城主は、「海神」こと安宅神太郎治興(あたぎ じんたろう はるおき)である(第15章参照)。
「父上の次は、六郎様が『仏敵』か・・・奴らの信心とはいったい何なのか。嘘でも陰謀論でも、何でも信じてしまうのか・・・」
 千熊丸は言った。
「六郎の首を、一向宗の奴らに差し出せばいいんじゃねえか?」
 康長が言った。
「俺もそう思うぜ」
 六郎兵衛が言った。
「そして、彦九郎様が京兆家当主となられれば良いのではありませんか」
 長逸が言った。
「彦九郎様、いかがですか?」
 次郎が尋ねた。
「わ、私には、まだそこまでの覚悟は・・・急な話だし・・・」
 彦九郎はためらった。
「淡路へ行き、六郎様や政長兄と直接話してみませんか?六郎様の出方を見て、対応を考えてみては?」
 千熊丸が提案した。しかし千熊丸は既にある覚悟を決めていた。
「さすが千熊丸、冷静だ。淡路へ兄上に会いに行こう」
 彦九郎が同意した。

 千熊丸は、長逸と弟の千々世を連れ、彦九郎、次郎、六郎兵衛と共に、淡路へ渡った。千々世を連れてきたのは、安宅家への養子入りが決まっていたからである。康長は妙なトラブルを起こす可能性があると考え、阿波に残した。

 千熊丸らは淡路・洲本城の広間へ入った。
「おお、千熊丸!」
 六郎は立ち上がって、弟の彦九郎より千熊丸を優先し、千熊丸へと歩み寄った。元長の軍事力を引き継いだ千熊丸にすがるためである。
 千熊丸も六郎に駆け寄った。駆け寄った、というより、助走をしていた。
 そして、その勢いのまま、六郎の顔面を殴りつけた。
 六郎は吹き飛んだ。
「父上の仇めー!殺してやるー!」
 そう叫んだ千熊丸は、さらに六郎に追い打ちをかけようとしたが、政長と次郎に組み付かれた。
 しかし千熊丸は、易々と政長と次郎を投げ飛ばした。
 長逸も組み付いた。しかし、長逸とは事前に「六郎をその場で殴り殺す。そうでもしなければ、彦九郎様は京兆家当主になるお覚悟が定まらないはずだ」と示し合わせているので、形だけである。長逸もわざと投げ飛ばされた。
 だが、千々世が、倒れた六郎の前で両手を広げて立ちふさがった。
「兄上、殺してはダメです!」
 六郎は、千々世の小さな背中に震えながらしがみついた。
「どけー!弟といえど、容赦はせんぞー!」
 そう言いながらも、千々世の必死の形相を見て、千熊丸はためらった。
 すると突然、背後から組み付かれ、送り襟締めにされた。
 高齢で寝たきりのはずの安宅神太郎治興である。治興も先生の弟子であることは、第15章のとおり。
 千熊丸は締め落とされ、意識を失った。

「まったく、年寄に無理させよって・・・」
 千熊丸が目を覚ますと、治興は嘆息した。
 千熊丸は手足を縛られている。
 六郎は鼻の骨が折れたのか、顔を血で染まった布で押さえている。
「千熊丸、お前の怒りも分かる。でも冷静に考えてみろ。六郎様が亡くなったらどうなるか。六郎様に従っとる柳本勢、摂津の国衆、法華宗徒、こいつらを取りまとめる求心力がなくなってしまう。将軍の足利義晴様とも和睦したんやぞ。それもご破算や。そうなると、六角が敵に回る可能性もある。木沢長政も生きとると報告があったが、長政の力も頼れんようになってしまうぞ。お前ら阿波衆の力だけで一向一揆に立ち向かえるのか?無理や。ここは共闘といこうや。それでも、狂信者どもを相手にした、かなり不利な戦いやけどな。不利な戦いでも、戦うことを避けて逃げれば、日の本すべてが一向宗の国になってしまうぞ。六郎様は、どれだけ不利でも、戦うとおっしゃっておられるんや。お前はどうすんねん。逃げるのか?」
 政長が諭した。
「千熊丸、ここは兄上を助けてやってくれぬか」
 彦九郎が言った。
(私が意識を失っている間に、丸め込まれたな。作戦は完全に失敗だ)
「逃げません。ただ、どう戦うべきか、阿波へ戻って検討させてください」
 千熊丸は返答した。
「ちゃんと検討しろよ。けど、あまり時間はない。どうやら丹波の波多野が寝返ったみたいやしな・・・六郎様、別室で治療をしてもらいましょう」
 政長は、六郎を連れ、広間を出ていった。
「くそう・・・」
 千熊丸は悔しがった。
「兄上、申し訳ありませんでした」
 千々世が土下座した。
「いや、千々世、お前に救われた。確かに政長兄の言うとおりだ。共闘しなければ、勝ち目はない」
「千熊丸殿、短慮はいかんぞ。その様子なら、もう十分に分かっていると思うが、もっと全体の状況をよく見よ。そして、皆が納得できる形で物事は解決せねばならん。それに、むやみに主君筋を誅せば、世の人々の理解は得られんぞ」
「猛省しています」
 治興の言葉に、千熊丸はあらためて反省した。
「それにしても千々世殿、よくぞ兄上の前に立ちふさがったな。心身共に、これほど強いとは。千々世殿に安宅へ養子に来てもらえるとは、なんとありがたいことか」
 治興は、笑顔でさらに顔をしわくちゃにした。

「相手は一向一揆だ。武士ではない。信仰心で、自らの命さえ簡単に投げ出してくる奴らだ。数も読めない。戦いの終わりも見えない。こちらが圧倒的に不利だ。それでも勝つには、どうすればよい?」
 阿波・芝生城に戻った千熊丸は、弟たちと長逸、篠原長政(子泣き爺)、塩田一忠、塩田胤貞らに経緯を話し、問うた。
 しかし答えは出ない。
「こういう時こそ、お坊さんに知恵を借りるべきだろ。一休さんみたいに、鮮やかなトンチを出してくれるんじゃないか。一休さんと同じ臨済宗の僧といえば・・・」
 三好千満丸が言った。
「先生!」

「ということで、先生、ご相談に上がりました。先生の本気の力で、一向一揆を倒していただけないでしょうか?」
 千熊丸は、大善寺で先生に懇願した。
「わしは、お前たちに修行はつけてやれるが、人間界には直接手を出せない掟・・・もとい、俗世の争いには手を貸せないのじゃ。禅宗の僧なのでな・・・そうじゃ、お前にも、元長にしてやった昔話・・・もとい、おとぎ話をしてやろう」
 先生は語り出した。
「むかしむかし、修行に修行を重ねた結果、悟りを開いただけではなく、妖術・・・もとい、神通力まで身に付けた物の怪・・・もとい、僧がおった。ある時、伊予の国に、最強を謳う化け狸がおると聞き、勝負を挑んでやろうと・・・もとい、人々のために退治してやろうと思い立ったのじゃ。僧は、堺から海を渡り、淡路を経由して、讃岐と伊予の境の山の頂上に登った。すると、あたりの景色が突然変わり始めた。大きな笑い声がしたので、隣の山頂を見ると、大狸が腹を抱えて笑っておるではないか。わしが足元・・・もとい、僧が足元を見ると、その山一つがすべて、その大狸の金玉の袋じゃった。大狸は、僧を玉袋に包んで、振り回し始めた。僧は神通力の限りを尽くして、袋から脱出しようと試みたが、まったく歯が立たない。大狸は、玉袋をグルグルと振り回したかと思うと、僧をとてつもない速さで投げ飛ばした。いくら敵でも、あんなことをしてはダメだ・・・」
 先生は余程トラウマになっているのか、涙をこぼした。
「知っておるか、大地は丸いのだ・・・僧は、鳴門海峡まで投げ飛ばされ、危うく渦潮に飲み込まれそうになった。そこにたまたま船で通りかかった之長の家臣の河童に似た男・・・もとい、親切な河童さんに、助けられたのじゃ」
「・・・はあ」
「つまり、わしが何を言いたいかというと・・・千熊丸、お前は大狸になれ。純粋に真っ直ぐ進むのも良いが、それでは皆を守り切れんぞ。長秀も元長も、真っすぐ過ぎた。お前は大狸になれ。玉袋で化かしてやれ!」
「・・・先生・・・良いことを思いつきました!ありがとうございます!」
 千熊丸は、礼を言って駆け出した。

「おい、千満丸!お前に『阿波の神童』の称号をくれてやる」
 帰宅した千熊丸は、弟たちの前で言った。
「やっと兄者も、俺の諸葛孔明ぶりが理解できたようだな」
 千満丸は胸を張った。
「私はこれから『阿波の大狸』になる」
 千熊丸は、先生から聞いたおとぎ話を聞かせてやった。
「確かに兄者の金玉はデカい」
 千満丸は言った。確かに千熊丸の金玉はデカかった。
「俺もデカい金玉になる!」
 孫六郎は言った。
「誰よりもデカい袋を広げてやる。これからは『阿波の神童』じゃない。『阿波の大狸』だ!」

<<続く>>

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