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勝手に大河ドラマ「三好長慶」第31章 本願寺証如の逆襲

大河ドラマ

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■第31章 本願寺証如の逆襲

 天文元年(1532年)10月、堺公方・義維は病床にあった。第28章のとおり、義維は、6月20日に顕本寺で三好元長と共に切腹しようとしたが、中風(脳卒中)の発作が突然出て、果たせず、三好政長らに引接寺へ連れ戻されたのである。以来、右半身に麻痺が出て、引接寺で臥せっていた。
 枕元では奉行人・斎藤基速が心配そうに見つめている。
 障子の向こうで人の気配がする。
「切腹もできないとは情けない。それでも公方様か」
「今からでも切腹されればよいのに。なぜ切腹されないのだろうか」
「ご病気では将軍になられても意味がない。早く阿波に帰られるほうがよい」
「しょせん将軍の器ではなかったのだ」
 障子越しに、誰かの陰口が聞こえてくる。
「毎日毎日、聞こえよがしに!ひっぱたいてやる!」
 基速が激怒して立ち上がった。
「やめておけ。もうよい・・・わしも心が折れた・・・杖を突けば、なんとか歩けるくらいには回復した。元長らの遺骨と共に、阿波へ戻ろう」
 義維が麻痺の残る唇で言った。
「義維様・・・」
 基速は涙をこぼした。

「誰も見送りにこないなんて、寂しいわね・・・」
 基速はつぶやいた。
 10月20日、義維は、基速らと共に船に乗り、堺を後にした。堺へ来た時とは大違いの、寂しい出航であった。

「やっと行ってくれたか」
 三好政長は胸をなで下ろした。
「陰口を言わせた数人が、基速にボコボコにされてましたけどね」
 茨木長隆(茨木童子)が言った。
「基速が案外強いのには驚いたな。まあしかし、陰口作戦は大成功や。これで、義晴様との和睦の障害はなくなった」
 11月7日、浄土宗の総本山・知恩院が仲を取り持ち、将軍・足利義晴と細川六郎が和睦した。それぞれの家臣が代理となっての和睦の合意であった。これでやっと六郎が、亡き細川高国の位置に着いたといえる。
 しかし、将軍・義晴は、近江国守護・六角定頼の居城・観音寺城近くの桑実寺(くわのみでら)におり、依然として、定頼の庇護を受けていた。当然、六郎の意のままに、などということはない。
「義晴様、六郎殿と和睦したとはいえ、上洛にはまだ早いですぜ」
「ああ分かっている。細川高国の弟・晴国が動くのだな」
「晴国は、丹波勢のほとんどを味方につけ、本願寺とも結んだということです。勢いがありますぜ」
「六郎が勝つのか、晴国が勝つのか。しばらく様子見だな」
 義晴と定頼は、桑実寺で話し合った。

 その頃、義維と基速を乗せた船は、阿波の撫養港に着いた。
 港には、大勢の者が出迎えのため集まっている。
「義維様、ご覧になって!あんなにたくさんの者が!」
 基速が叫ぶと、義維は従者の肩を借り、立ち上がった。
「おお・・・阿波の衆よ・・・堺では、石もて追われるようだったのに・・・」
 義維は感涙にむせんだ。
「義維様、おかえりなさいませ!」
「義維様、よくぞご無事で!」
 人々が口々に叫ぶ中、義維と基速が船を降りると、阿波国守護・細川彦九郎(後の氏之)や三好千熊丸(後の長慶)ら兄弟をはじめ、阿波の主な者らが出迎えた。
「彦九郎!千熊丸!」
 義維は思わず二人を抱きしめた。
「義維様、長旅お疲れさまでした。ひとまず撫養城でおくつろぎください」
「籠を用意してございます。さあこちらへ」
 義維が籠へ乗り込んでからも、義維を歓迎する声は鳴りやまなかった。

「義維様の御成り~」
 撫養城で、義維の阿波への帰還を祝す宴が催され、皆が平伏する中、義維が杖を突きながら入室した。
「義維様、ご無事のご帰還、何よりでございます。今宵はささやかながら宴の席を設けさせていただきました」
 彦九郎が恭しく言った。
「皆、面を上げてくれ。まず皆に謝らなければならない」
 義維は切り出した。
「皆も知ってのとおり、6月20日、堺に一向一揆が攻め寄せ、元長らが家臣と共に、切腹して果てた。その直後に、顕本寺へ駆け付けたわしも、元長がいなくなっては、将軍の道も閉ざされたと絶望し、腹を切ろうとしたのだ。しかし、情けないことに、腹を切れなかった」
「それは中風の発作が出たからよ!」
 基速がフォローした。
「中風の発作があったとしても、武士としては情けない限りだ。さらには、堺からも逃げ出したのだ。こんなわしのような男は、将軍の器ではない。阿波へ戻ったのは、皆に詫びたかったからだ。明日にも腹を切り、元長の後を追いたいと思う」
「そんなことは、父は望んでおりません!」
 千熊丸が叫んだ。
「父はあの日、これは未来へつなぐための戦いなのだと言っていました。未来へつなぐために、私たちを阿波へ逃がしたのです。義維様も、命を未来へつないでください。私たちは、父がしたのと同じように、これから10年かけて力を蓄えます。その時には、必ず、義維様を将軍にしてみせます!」
「そうです。そのためにも、お体を大切にしてください。義維様こそ、我々阿波衆の希望の灯なのです」
 千熊丸に続いて、彦九郎も言った。
「・・・皆・・・ううっ・・・」
 義維は泣いた。
「基速からの手紙で、義維様がどれほどひどい目に遭わされていたのかも、皆、知っています。阿波ではゆっくりと、体を休めてください」
 千熊丸は言った。
「わしは酒をやめる!中風になったのも、酒を飲み過ぎたせいだ。酒を断って、健康を取り戻し、もう一度将軍を目指す!このままあの世へ行っても、元長を落胆させるだけだ。将軍になって、堂々と、支えてくれた元長に報いたい。皆も力を貸してくれ!」
「御意!」
 皆は声をそろえて義維に応えた。
「やってやるぞー!」
 三好康長(ヤス)が吠えた。
「俺もやってやるー!」
 加地六郎兵衛も吠えた。
「俺もやるー!」
 三好孫六郎も吠えた。

「政長、長政、長隆。摂津の上郡と下郡では、一向一揆がまだ暴れておるが、これからどうするのじゃ」
 年が明けて天文2年(1533年)2月、堺の引接寺で、細家六郎は、三好政長、木沢長政(天狗)、茨木長隆(茨木童子)に尋ねた。
「山科本願寺は焼き払いましたし、さすがの本願寺ももう虫の息でしょう。今年はじっくりと、証如の籠る大坂御坊を攻めましょう」
 政長が答えた。
「大変です!一向一揆が堺に攻め寄せてきました!」
 伝令が報告した。
「数はどれくらいや?どうせ大したことないやろ?」
「正確には分かりませんが、3万ほどかと」
「3万!どっからそんなに沸いてきたんや!」
 政長は驚いた。
「堺を火の海にするわけにはいかん。打って出よ!」
 可竹軒周聡(かちくけん しゅうそう)が一喝した。

「驚いたか、六郎め!」
 大坂御坊改め大坂本願寺で、証如は舞を舞いながら言った。
「門徒はいくらでもいるのだ。何人殺されようが、お前の息の根だけは止めてやる」

「おい、出陣だ!」
 長政(天狗)は家臣に言った。
「しかしマズいのう・・・お前は浅香道場にいる三好連盛に、至急軍勢を寄越すように言って来い」
「また銭を要求されますよ」
「やむを得ん。背に腹は代えられん」
 長政(天狗)は苦い顔で言った。

「とんでもない数だ・・・」
 周聡は政長らと奮戦しながら言った。
「仏敵・細川六郎を殺せー!」
 一向宗の門徒は口々に叫んでいる。
「わ、わしが仏敵に・・・わしも、元長のようになってしまうのか?」
 六郎は怯えた。
「六郎、兵の前で情けない声を出すな!」
 周聡は六郎を𠮟責した。
「もはやここまでか・・・政長、六郎と共に淡路へ落ち延びよ。ここはわしが食い止める!」
「そんな・・・周聡様!」
 六郎は泣き声で叫んだ。
「これでお別れだ、六郎。最後に言っておく。泣きマネは、いつまでも通用せんぞ!」
 六郎はニヤリと笑って、政長と共に港へ走り出した。
「これが、師としての、父としての、最後の務めか・・・」
 周聡はつぶやき、最後の力を振り絞った。

「おいおい、随分とやられとるやないか」
 堺の街へ馬を走らせながら、連盛は言った。
「よし、七人童子ども!一揆の奴らを背後から蹴散らしたれ!」
「おう!」
「木沢長政を救い出した奴は、特別報酬や!」
「やったー!」
 連盛の軍勢は喜び勇んで一揆を背後から攻撃した。

「長政、どこやー!・・・おや、懐かしい顔や。紀伊守(きいのかみ)様やないか!」
 連盛は、無数の矢を体に受けた周聡を発見した。
「紀伊守と私を呼ぶとは・・・お前は・・・三好のとこのアホではないか」
「アホちゃうわ!そんなに矢を刺されて、痛くないんでっか?」
「心頭滅却すれば火もまた涼し。無念無想の境地の私は、どのような苦痛にも耐えられるのだ」
 周聡は、「フッ、フッ、フッ」と細かく息を吐く、独特な呼吸法を披露した。
「でも、その体では、もうさすがに『閉店ガラガラ』でっしゃろ?」
「悔しいが、そうだな・・・六郎を管領にし、足利義維様を将軍にするという悲願を達成できなかったことは残念だ」
「しかし、真面目なあんたらしい最期やな。俺は尊敬するで」
「そうか・・・フフッ」
 周聡は微笑み、立ったまま大往生を遂げた。
「師匠、長政を見つけました」
 七人童子の一人・正広が、疲労困憊の長政(天狗)を馬に乗せて連れてきた。
「よし、お前に特別報酬や!」
「やったー!」
「長政殿、お礼は弾んでくれや。代官の件、頼むで!」
「それは・・・」
「おい正広!長政殿は、ここで名誉の戦死を遂げたいそうや。馬から降ろせ!」
「待て待て待て!分かった!代官にしてやる!」
「約束やで!・・・おい、お前ら、ずらかるで!」
 連盛らは、飯盛城へ退却した。

「おえええー」
 六郎は盛大に船酔いしていた。
「六郎様、淡路に着きましたよ」
「これからどうすればよいのだ・・・元長・・・元長・・・」
 六郎は涙をこぼした。
「元長兄は、もうこの世にはいません。六郎様が殺したんやないですか!」
 政長は六郎にツッコんだ。
「千熊丸ー!」
 六郎は号泣し、空に向かって叫んだ。

<<続く>>

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