<<第21章>>
■第22章 堺の三好四兄弟
三好加介は激怒した。
「おい、お前ら二人!笑えねえことしてくれやがってよう!よくもノコノコと顔を出せたもんだなあ!そこに正座しろや!」
加介は、山崎城にやってきた木沢長政(天狗)と池田信正(麺)に命令した。二人は加介の命令に素直に従って、土間で正座した。
「お前ら二人は、政長兄の妹を嫁にもらいながら、浦上勢が攻めてきたら、あっさりと城を明け渡して逃げやがって!そのせいで山崎城の俺たちがどれほどの猛攻にさらされてきたか。それが、元長兄が浦上勢を破ったと見るや、何食わぬ顔で現れやがってよお!」
加介の説教が始まった。下山城の郡代らは、山崎城に籠って、大兵力の浦上勢や内藤彦七の軍勢と、寡兵で血みどろの戦いをしてきたのだ。加介の激怒も当然である。
「なんでわしがこんな小僧みたいな奴に・・・」
「長政殿、今はこらえるのだ」
二人は小声で話した。
「おい、聞こえてるぞ!誰が小僧だ!なめやがって!だいたいお前らは・・・」
「もうよい加介。それ以上、口を酸っぱくせんでもよい」
三好家長(柚爺)が加介を止めにきた。
「元長が待っておる。今後の話をしようではないか。さあ、二人とも、早う上がれ」
柚爺は二人を招き入れた。
「元長殿、この度はすみませんでした!」
信正(麺)は広間に着くなり、滑り込むようにして土下座した。
「申し訳なかった」
長政(天狗)も遅れじと膝をつき頭を下げた。
「その件は後にしよう。我々は山城と摂津を取り戻さなければならん。何よりも京の奪還が最優先だ」
「現在の戦況はどのようになっておるのですか?」
長政が尋ねた。
「我々は野里川で浦上勢を大いに破った後、ここにいる『虎の藤次』蟇浦藤次常利(ひのきうら ふじつぐ つねとし)ら淡路の海賊が用意した船で河を渡って、三好一秀(瓜爺)の軍は細川高国を追って大物へ向かい、細川晴賢(はるかた)様の軍と俺の軍は敗残兵を追討しながらこの山崎まで来たのだ。先ほど来た伝令によると、一秀が高国を捕縛したそうだ」
「なんと!」
長政が驚嘆した。
「高国以外では、浦上村宗(鬼)、島村貴則(カニ)、和泉国守護・細川澄賢、高国方に寝返った摂津下郡守護代・薬師寺国盛、伊丹国扶(くにすけ)、内藤彦七など、主だった武将は討ち取った」
「伊丹国扶殿も討ち死にしたか・・・」
信正は胸をなでおろした。
「内藤彦七さえいなくなれば・・・」
長政も溜飲を下げた。
「簡単そうに言ってるけど、これだけの武将を討ち取るなんて・・・さすが元長兄だ!」
加介は元長を絶賛した。
「ただ、細川尹賢(天邪鬼)は取り逃がした。どうやら摂津上郡に潜んでいるようだ」
「尹賢はわしに任せてくだされ!尹賢を討って汚名を返上させくだされ!」
長政は語気を強めた。
「尹賢は後回しだ。六郎様も裏切り者は殺せと息巻いておられるが、今やそれほど脅威でもないからな。俺の軍は京の奪還に向かう。長政殿にはそれに力を貸してほしい」
「・・・分かり申した。京奪還後は尹賢を討たせてくだされ」
「良いだろう。晴賢様は摂津国衆らと共に摂津を奪還してください。信正殿もそれに加わってくれ」
「分かった」
「承知しました」
「そういえば、柳本甚次郎殿はどうした?」
「丹波に退却したのだが・・・」
長政が答えた。
「この状況でさすがに寝返りはしないだろう。後回しだ。義晴様や六角定頼殿の動きは?」
「高国の動きに呼応して坂本にまでは出てきたらしいが。あの御仁はいつも慎重だからのう」
柚爺が答えた。
「定頼殿とは六郎様との縁談もある。交渉の余地はあるだろう・・・では各々ご準備を。明朝出陣する」
元長らはこの後、山城と摂津を奪還し、京も再び支配した。
「頼む、長政!わしを助けてくれ!」
7月24日、細川尹賢(天邪鬼)は木沢長政(天狗)に懇願した。
尹賢は摂津富田に隠れ潜んでいたのであるが、長政が執念で大捜査網を展開し、ついに発見したのである。尹賢は南へ逃れたが、淀川に阻まれた。
「お主の指示どおりに、高国が大和に入ったと、可竹軒周聡(かちくけん しゅうそう)に嘘を吹き込んでやったではないか」
「それには感謝しておる。お陰でわしの狙いどおり、柳本賢治殿が大和へ攻め込んでくれたからな」
「お主はそうやって人を欺いて、ゆくゆくは大和や河内を手に入れるつもりなのだろ?それをわしにも手伝わせてくれ」
「わしを裏切ったお前に手伝ってもらうことなど何もない。なぜ高国方に寝返ったのだ?」
「見事なものだっただろ?わしが裏切ったことによって、一気に形勢が高国方に傾いたではないか!痛快だったのう!くけけけけけけ・・・」
恍惚の表情を浮かべる尹賢を、長政は袈裟斬りで不意打ちした。
「ぐわああ!」
尹賢は淀川の浅瀬に倒れ込んだ。
長政は一本歯下駄で、起き上がろうとする尹賢の後頭部を踏みつけた。
「嘘つきのお主だが、本当のことをベラベラとしゃべられても困る。利用価値もなくなった。今すぐ地獄へ逝け。家臣の石成友通も待っておるぞ・・・嘘つきは、もう、わしだけでよい」
長政は、尹賢が入水自殺し、淀川に流されていったと虚偽の報告をした。自殺したとすれば、自身の関与や遺族・遺臣から恨みを薄められると考えたからである。
「面(おもて)を上げよ」
7月、引接寺の大広間で、堺公方・足利義維が言った。
大広間には、六郎方の武将が勢ぞろいしている。
「元長よ、此度は本当によくやってくれた!感謝する!」
「私だけの力ではありません。細川晴賢様をはじめ、阿波の衆や淡路の海賊たちの協力があってこそです」
「元長の望みは全部かなえるということであったな。下山城守護代だけではなく、摂津下郡守護代、河内八箇所と河内十七箇所の代官職、そしてそれらの運営は一任されたいということであるな」
「はい。万が一、柳本賢治殿や松井宗信殿のように、荘園の代官職を横取りするような者が現れた場合には、軍事力で排除いたします。それはご了承いただきたい」
「分かった。わしはそれでよいと思うが、六郎はどうじゃ?」
「・・・異存ございません」
細川六郎は、可竹軒周聡をチラリと見ながら言った。
「そして、千熊丸よ。お主の人質生活も、今日で終わりじゃ」
「寂しくなるわ・・・」
斎藤基速が溜息を吐いた。
「千熊丸、お主にも褒美をやろう。何か欲しい物はあるか?」
「ではお言葉に甘えて・・・私は堺に来たら、連歌師に連歌を習いたいと考えておりました。連歌の達人をご紹介いただけないでしょうか?」
「・・・一人おるぞ。一人、連歌の天才がおる。しかし、高慢で、偏屈なお人じゃ。後で紹介状を書いてやろう。神童のお主なら、もしかすると、気に入ってもらえるかもしれん。そのお方がダメなら、他の連歌師を紹介してやろう」
「ありがとうございます」
千熊丸は義維に礼を述べた。
「彦九郎、お主も兄のために堺までよく来てくれたな。これで安心して阿波の勝瑞館に帰れるな」
「私は帰りませんよ」
「えっ?」
「私は帰りません。兄上を監視します」
「どういうことだ?」
「今回の事態になったのは、兄上が元長に対して阿波へ帰れと命じたことが原因です」
「元長が柳本賢治殿と度々衝突していたからだ」
「そうであっても、元長に非はありませんでした。それに、元長は我々と同じ阿波出身で、何よりも、長年仕えてくれている忠臣ではないですか」
「畿内を治めるためには、京周辺の大名や国衆にも配慮せねばならんのだ」
「そのために義維様を危険にさらすことになったのですから、本末転倒です。もし、今後も同じように、細川京兆家当主の兄上が『帰れ』と命じたとしても、私が阿波国守護として『帰るな』と命じます」
「弟のくせに生意気な!」
「これは義維様のためだけではなく、兄上のためでもあるのです」
「二人とも落ち着け。今後のことは後刻じっくりと話し合おうではないか」
可竹軒周聡が割って入って引き取った。ただ、この兄弟の争いは長く尾を引くことになる。
「堺はすごいなあ!」
船から降りた千満丸(せんまんまる。後の三好実休)は目を輝かせながら言った。
元長は妻子を堺に呼び寄せたのだ。
「すごいだろう」
出迎えにきた千熊丸は言った。
元長は船上へ駆け上り、妻の春を背負って降りてきた。
「春、お前はこの輿に乗るのだ」
「俺も乗る~」
末弟の孫六郎(まごろくろう。後の十河一存)はそう言って、春と一緒に輿に乗り込んだ。
他には、千熊丸の妹の夏と秋、元長の三男の千々世(ちぢよ。後の安宅冬康)、元長のいとこの三好長逸(ながやす)もいる。
先生もついてきてくれた。
「えっ、先生?」
年老いた堺の町人が声をかけてきた。
「他人の空似であろう」
先生は言った。
「確かに、先生はとうの昔に亡くなっておられるはずじゃ・・・」
一行は顕本寺の広間に入った。
「これから家臣の子弟も来る予定だ。お前たちの小姓として仕えてくれる。仲良くするようにな」
元長は子らに言った。
「撫養掃部助(むや かもんのすけ)様がお越しになられました」
「通せ」
掃部助が入室した。
「河童!」
千満丸が言った。千満丸は利口なのだが、思ったことをすぐに口にしてしまう。
「ご冗談を・・・元長様、孫の佐五郎でございます」
「沙悟浄じゃなくて?」
千満丸がまた要らぬことを言った。
「佐五郎でございます・・・佐五郎、ご挨拶を」
「佐五郎です。主君のためなら、たとえ火の中、水の中!立派な執事になってみせますので、よろしくお願いします!」
「うむ、頼むぞ」
「塩田胤光(たねみつ)様がお越しになられました」
「通せ」
胤光が入室した。
「元長様、孫の左馬助でございます。ご挨拶をせよ」
「塩田左馬助でございます。祖父に負けない剣豪となって、皆様をお守りしとうございます」
「ほお、良い面構えではないか・・・わしは三好長逸じゃ。わしの軍団に入らんか」
長逸は、俳優の渡哲也さんのような渋い声で、左馬助を誘った。
「軍団ですか?まだまだ未熟者ゆえ、祖父と相談いたします」
「蟇浦藤次常利(ひのきうら ふじつぐ つねとし)様がお越しになられました」
「通せ」
「虎の藤次」が入室した。
「猫男と猫娘!」
千満丸がまた要らぬことを言った。
「猫?虎の間違いでござろう。娘の『ねね』でございます。夏様、秋様のおそばにおいてください」
「ねねでございます。よろしくニャン」
ねねは千満丸が「猫娘」と呼びかけたので、可愛い仕草でいたずらっぽく挨拶した。猫の身体のように柔軟な対応ができる娘であった。
「加地為利(かじ ためとし)様がお越しになられました」
「通せ」
為利が入室した。
「一つ目小僧!」
千満丸がまた要らぬことを言った。
「誰が小僧だ!どう見ても、渋いおじ様だろうが!一つ目おじ様と呼べ!」
「・・・ひ、一つ目おじ様」
千満丸はビビりながら復唱した。
「親父、子どもをビビらせてどうすんだよ」
加地又五郎が父をたしなめた。
「俺は、嫡男の加地又五郎だ。よろしくな!」
「俺は加地六郎兵衛。海賊大名になる男だ!・・・ただ、それは将来の話で、今日からは兄ちゃんと一緒にお前らの護衛をしてやるよ」
「ろくろっ首?」
「残念ながら、首は伸びないんだ・・・」
六郎兵衛は何故か落ち込んだ。
「三好政長様がお越しになられました」
「通せ」
政長が3人の子どもと入室した。
「烏天狗!」
千満丸がまた要らぬことを言った。
「よく分かったな。この子は、山岳武士・通称『烏天狗』の大西元高の子・頼武や」
「お前たちも山を走って鍛えているそうだな。烏天狗の俺と勝負だ!」
「で、こっちが俺の嫡男の柚太郎です」
「・・・柚太郎です」
柚太郎は、元長が三好の大将に復帰したことで、少しいじけて根暗になっていた。
「で、この子が芥川孫十郎や」
「芥川常清の嫡男・孫十郎や。千熊丸、お前の妹、美人やなあ!」
孫十郎は夏と秋の美貌を褒めた。
「この3人とも仲良くしてやってくれ」
堺の顕本寺は子どもらの声で賑やかになった。
堺の海船政所も少し賑やかになっていた。
「おら~、走れ~!1年目の兵は足腰を鍛えるところからだ~!」
三好康長(ヤス)が、優作・鉄矢・辰夫の3人を体育会系のノリでしごいていた。
「辰夫~、遅れてるぞ~!鉄矢~、優作に離されるな~!気合い入れろ~!」
「なんでこんなに走らされるんだ・・・こんなのが毎日続くのか・・・」
一番足の遅い辰夫は愚痴った。
「よし、今日はこれで終わりだ」
「ヤス、あの瓜は食べていいのか?」
「おい、『康長様』だろ!口の利き方に気を付けろ・・・瓜はいくらでも食べていい。ただし、となりの柚は絶対に食べるな」
ヤスは去っていった。
「そこの兵に聞いたらさあ、あの柚は、瓜の爺さんと瓜二つの別の爺さんのものらしいぞ」
「じゃあ、あの瓜みたいに、とんでもなく甘いんじゃないか」
「幼い子どもがムシャムシャと食べていたらしい」
「ヤスが独り占めしたいから、絶対に食うなと言ったんだぜ、きっと」
「ちょっと青いが食ってみようぜ」
3人は、こっそりと柚をもいで食べた。
海船政所に3人の悲鳴が響き渡った。
<<続く>>
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