<<第19章>>
■第20章 大物崩れ前夜
「ヒャッハー!突撃じゃー!」
7月6日、備前守護代・浦上村宗は、柳本賢治暗殺成功の報せを浄春から受け、柳本勢の籠る玉蓮寺へ突撃をかけた。
「鬼が来る!鬼が来るぞー!」
鬼と恐れられる村宗に、柳本勢は恐怖した。
「こっちにはカニじゃ!カニを発見じゃ!カニも来るぞー!」
物見櫓の見張りが叫んだ。
「何がカニを発見じゃ!わしらも突撃じゃー!」
村宗の宿老・島村貴則の隊も突撃した。
「あ~あ、賢治殿が死んで大変だ・・・」
一足早く逃げ出した池田信正がつぶやいた。
その後、1か月もしないうちに、東播磨の国衆・小寺政隆は戦死。別所就治も三木城を捨て逃走した。
村宗は播磨全域を手中に収めたのである。
「賢治殿も亡くなったそうだ」
「困ったな。段銭の徴収はどうしたらよいのか」
「不幸は重なるものだな」
九条家の家臣らがささやいた。
7月8日、東福寺で、九条家の当主・九条尚経(くじょう ひさつね)の葬礼が行われていた。喪主は嫡男の九条稙通(たねみち)である。
わしがキャスティングするなら、九条稙通の役は俳優の高橋一生さんじゃ。
九条家は、摂政・関白に任じられる五摂家の一つであったが、尚経が借金のトラブルで家臣を殺してしまい、勅勘に処されたことなどもあって、没落していた。
「攻撃されているッ!・・・鬼とカニに、攻撃されているッ!・・・」
九条稙通は呟いた。
葬礼が終わり、稙通は家臣を集めた。
「皆の者、西から脅威が迫っている。京が再び戦乱の地になりそうだ。僕は堺に行く。京の屋敷を護衛するにも金がかかるし、堺が一番安全そうだ。京には番の者だけを置き、他の者は荘園を回って押領を防いでくれ。僕は堺公方に会おうと思う」
「御意」
「喪に服している時間はない。急げ」
「ははあ」
「面(おもて)を上げよ」
7月、引接寺の大広間で、堺公方・足利義維が言った。
大広間には、六郎方の武将が勢ぞろいしている。
「柳本賢治殿が暗殺されてしまった。東播磨の国衆らも討たれた。今後どうしたものか・・・」
「それがしが摂津・富松城へ援軍に参ります。高国の手の内は、よく分かっております。兵をお貸しくだされ。秘策をもって、高国を討ち取ってみせましょうぞ」
細川尹賢(天邪鬼)が発言した。
「おお、これは頼もしい!」
「尹賢殿なら安心じゃ」
細川家の者らから声が上がった。
「京の防衛は、それがしにお任せくだされ。賢治殿の遺臣と共に、京を守ってみせます」
木沢長政(天狗)が名乗り出た。
「長政殿は、賢治殿と兄弟分であったと聞く。適任ではないか」
細川家の誰かが言った。
「わしはそれでよいと思うが、六郎はどうだ?」
義維は尋ねた。
「・・・異存ございません」
細川六郎は、可竹軒周聡をチラリと見ながら言った。
「では、そのようにいたせ」
「御意」
義維の言に一同は頭を下げた。
「お待ちください!」
三好政長が声を上げた。
「私も三好勢を率いて摂津へ参ります。戦況をこの目で確かめたいのです」
(尹賢は何をするか分からへん。監視が必要や)
政長は腹の中で、尹賢に疑いの目を向けていた。
「よいのではないか」
周聡が言った。
「ではそのようにいたせ」
義維が言った。
「この若造が!わしが総大将に決まっておろうが!」
「なんやと!六郎様の御前衆の俺に決まってるやろ!」
8月、富松城(とまつじょう)で、尹賢(天邪鬼)と政長が、総大将を巡って言い争っていた。
富松城は、現在の兵庫県尼崎市にあった城である。伊丹城、大物城、越水城の中間にあり、播磨からの防衛・連絡の要の城であった。
「国盛、お前の意見は?」
富松城の城主は、摂津下郡の守護代・薬師寺国盛(やくしじ くにもり)である。国盛は高国の配下であったが、六郎が京を支配した後は六郎に従い、堺に幼い嫡男・岩千代丸を人質に差し出してもいた。
岩千代丸は、わしのイメージでは、子役時代の寺田心さんである。
「それは、細川典厩家の当主の尹賢様に決まっております」
「そういうわけじゃ。わしが総大将じゃ。わしに逆らうのは、六郎に逆らうも同然じゃ。分かったな」
「くっ」
(まずいことになったな・・・)
政長は自身の軽挙を後悔した。
「ヒャッハー!突撃じゃー!」
9月、浦上村宗は、富松城へ攻撃を開始した。
「鬼が来る!鬼が来るぞー!」
城兵が警戒を呼びかけた。
「こっちにはカニだ!カニ発見!カニも来るぞー!」
物見櫓の見張りが叫んだ。
「何がカニ発見じゃ!わしらも突撃じゃー!」
村宗の宿老・島村貴則の隊も攻撃を開始した。
「薬師寺勢と三好勢は打って出よ」
「滅茶苦茶を言うな!兵力差がありすぎるやろ!」
尹賢の指示に政長が抗議した。
「わしの指示に従わないのなら、その首を刎ね飛ばすぞ。三好勢は精強だと聞いたが、案外弱いのか?」
「くそう・・・」
政長と国盛は城から打って出た。
「あいつら馬鹿か?戦のやり方も知らんのか?」
カニ侍・島村貴則は笑った。
「ヒャッハー!手当たり次第に討ち取れー!」
播磨を統一した浦上勢は勢いに乗っていた。
「大将、これはいくらなんでも無謀ですぜ」
政長の副将・塩田一忠は、二刀流で矢を払いながら政長に言った。
「やむをえん。城へ退却だ!」
政長は退却を指示し、城へ戻った。
ところが、城門が開かない。
「おい、開けろ!」
しかし城門は閉じられたままである。それどころか、矢を射かけてくる。
「今からこの城は、高国様のものだ!」
城兵が叫んだ。
「尹賢め、裏切りよったな・・・大物城へ退却だ!国盛にも報せろ!一忠、殿(しんがり)を頼む!」
「人遣いの荒い大将だな・・・」
政長、一忠、国盛は、何とか大物城へ落ち延びることができたが、多くの兵が討たれてしまった。
「細川尹賢が高国方に寝返り、富松城が奪われてしまいました・・・仮に寝返りがなくても、浦上勢の軍事力からすれば、富松城は容易く落ちていたと思われます」
9月末、引接寺で、政長は苦々しい顔をしながら報告した。
「あの詐欺師め!何が秘策じゃ!」
「政長、お前がついていながら、何だこのザマは?」
「かなりの兵を失ったぞ」
「賢治殿の言うとおり、尹賢は殺しておくべきであったな」
「わしは最初から怪しいと思っておったのだ」
細川家の者らは激怒した。しかし後の祭りである。
「ご一同、静まりなされ」
周聡が言った。
「これから如何にすべきか。何か意見はないか?」
「・・・」
周聡が尋ねたが意見は出ない。
「・・・元長・・・元長・・・戻ってきてくれ・・・」
六郎がシクシクと泣き出した。
(六郎様は、泣きながらやないと、物が言えんようになってしまったな・・・)
政長は思った。
「・・・それしかないか・・・しかし、戻ってきてくれるのか?六郎を恨んで、高国に寝返るかもしれんぞ」
「元長ああああ!!!」
六郎が号泣した。
「望みは全部かなえるので、一刻も早く堺に戻ってくれ・・・六郎様からの書状には、そう書かれているが、どうする、元長?」
10月、阿波・勝瑞館で、三好一秀(瓜爺)は尋ねた。
「私からも頼む!兄を救ってくれ!」
六郎の弟・細川彦九郎(ひこくろう。後の細川氏之(うじゆき))も懇願した。
「一忠、戦況はどうなのだ?」
「浦上方の兵力は、少なく見積もっても5万。士気も高いですね。賢治殿を暗殺するような奴らですから、そういったことにも注意が必要です」
「5万か・・・阿波と淡路の兵をすべて出しても2万くらいじゃないか。福良飛、何か良い手はないのか」
「伊沢殿と調査・研究中です」
「頼んだぞ。上策があればすぐに言ってくれ。彦九郎様、六郎様を救うためには、阿波のほとんどの兵を動員しなければなりません。そうすると、彦九郎様の守りが手薄になってしまいます」
「ならば、私も赤沢次郎と共に堺へ行こう。どうだ?」
「それは良いお考えです。ではそのようにご準備を・・・さて、六郎様からの書状に対しては、どのように返事を書くか・・・」
「政長殿は、尹賢と総大将の座を争って苦労していました。軍事の全権を任されたい、というのは必要でしょう」
「そうだな。賢治殿が亡くなったとはいえ、山城の守護代の座を争うようなことも嫌だな。山城のことも一任されたい。そして、河内八箇所に加え、河内十七箇所の代官職もいただきたい、とするか」
「摂津下郡の守護代も加えておけ。越水城の支配権はわしらにとって重要じゃ」
瓜爺が助言した。
「まあ要求ばかりしても、六郎様は気分を害するだけで、安心できないだろう。嫡男の千熊丸を人質に差し出す。一忠、堺へ送り届けてやってくれ」
「そこまでしなくても・・・」
「いや、やはり主君には忠誠を示さなければならない。千熊丸は、俺の誠意の証だ。皆は兵の動員と武具や船の準備を急いでくれ・・・おい、ヤス、元気がないじゃないか」
「伊丹元扶(もとすけ)殿が死んだって聞いてよう・・・」
「本当に残念だ・・・その弔いのためにも勝たなければな」
「ああ、やってやるよ!」
「ただいま、おかん」
「お帰り!」
石成友通が撫養隠岐守(おきのかみ)・阿古女(あこめ)夫婦の屋敷に帰ってきた。
「築堤工事の仕事には慣れたかな、友通殿」
「はい、案外面白いです!」
「吉野川は、別名を『四国三郎』といって、暴れ川で有名なのだ。だから、築堤は非常に重要だ。しっかり頼む」
「はい」
泳げない友通は、築堤工事の班に回されたのである。
「二人に大事な話がある。元長様が大戦をすることになった。阿波の兵を総動員するそうだ。撫養勢も可能な限り兵を出すようにとのお達しがきた」
「まさか川太郎も連れていくのかい?」
「いや、友通殿は連れていかない。殺されそうになった原因が分かるまでは連れていくわけにはいかん」
「オイラ、剣の腕も鍛えます。尹賢様やあの天狗に負けないくらいに」
「がんばって!」
「友通殿は、この家を守ってくれ。私は、まだ死ぬつもりはないが、万が一ということもある。阿古女を頼む」
「はい、たとえ火の中、水の中の気持ちでがんばります!水の中は無理だけど」
「はははは。頼むぞ」
「面(おもて)を上げよ」
11月、引接寺の大広間で、堺公方・足利義維が言った。
大広間には、六郎や周聡のほかは、奉行人などが数名いる程度である。
「千熊丸、遠路、よくぞ参ったな」
義維は千熊丸をねぎらった。千熊丸の背後では、塩田一忠が居住まいを正している。
「元長が、自ら嫡男を人質として差し出してくるとは・・・これは間違いなく、堺にやってきてくれるな」
「はい、そのために日夜勤しんでおります」
千熊丸が答えた。
「さすが『阿波の神童』じゃ。堂々としておるのう」
義維がほめた。
「千熊丸よ、もし元長が裏切れば、お主は即刻斬首になるのだぞ」
六郎が意地悪く言った。
「一向に構いません。その覚悟はできております。煮るなり焼くなりしてください。そもそも父は絶対に裏切りません」
「お主は人質じゃ。地下牢に閉じ込められても文句は言えんのじゃぞ」
六郎はさらに意地悪を言った。
「千熊丸ちゃんに酷いことしないで!」
斎藤基速が千熊丸の隣に駆け寄り、千熊丸を抱きしめた。
「千熊丸ちゃんが元長様の息子なら、私の息子同然よ!私の屋敷で面倒を見ます!」
「六郎よ、意地悪が過ぎるのではないか?元長が知れば、気を悪くするぞ」
周聡がたしなめた。
「千熊丸の覚悟を問うただけです。本気ではありません」
六郎は言い訳した。
「千熊丸ちゃん、私のことは『堺のお母さん』と呼びなさい」
「お父さんじゃなくて?」
「お母さんよ!」
「・・・」
基速が半ば強引に千熊丸を引き取り、千熊丸は引接寺内の基速の屋敷に住むことになった。そのお陰で千熊丸は様々な書物を読むことができた。
「千熊丸、千熊丸・・・」
ある日、千熊丸が書物を読んでいると、障子の外から呼ぶ声がする。
千熊丸が障子を開けると、3人の子どもがいた。
「お前、千熊丸だろ?」
「うん」
「俺様は、三好政長の嫡男の柚太郎だ」
「俺は芥川孫十郎や」
「僕は薬師寺国盛の子、岩千代丸です」
わしのイメージでは、柚太郎はブラックマヨネーズの吉田敬さん、芥川孫十郎はロッチの中岡創一さん、岩千代丸は子役時代の寺田心さんである。
「遊ぼうぜ」
柚太郎が誘った。
「でも、私は人質だから・・・」
「岩千代丸だって人質だぜ。引接寺の門番に行き先を告げれば大丈夫だ。護衛もついてるしな。いいとこに連れていってやるぜ」
政長の息子が言うなら大丈夫だろうと、千熊丸は3人について行った。
柚太郎の言うとおり、柚太郎には2人の護衛がついており、寺の門番も行き先を告げれば通してくれた。
一行が向かったのは海船政所である。
「あの高楼のてっぺんに登れるのは、三好の大将の俺様の父上だけなんだぜ」
柚太郎が自慢した。
「柚太郎坊ちゃん!よっ、大将の息子!」
「控えおろう!」
「ははあ」
気の良い阿波の兵たちは、柚太郎にノリを合わせてくれていた。柚太郎はすっかり海舟政所の顔になっている。
「ちょうど美味そうに実ってるな」
柚太郎は柚爺の柚をもぎ取って食べた。
「美味いぞ。お前らも食べてみろよ」
柚太郎は3人に柚を投げてよこした。
孫十郎と岩千代丸は何の警戒もせず、がぶりと食べた。
「す、酸っぱ・・・」
2人は涙を流して悶絶した。特に孫十郎は叫びながら地面を転がった。千熊丸は以前、柚爺に食べさせられたので、口に入れなかった。
「はははは、情けないなあ。こんなに美味いのに」
柚太郎はさらに柚を頬張った。
「俺様の名前は、人生にどんな酸っぱいことがあっても乗り越えられるようにって、柚爺様が名付けてくれたんだぜ。俺様は、どんな酸っぱいことがあっても、泣かないんだ・・・千熊丸は食べないのか?」
「私は、遠慮しとくよ」
千熊丸の名を聞き、兵らが寄ってきた。
「千熊丸様・・・『阿波の神童』の千熊丸様ですか?」
「そうです」
「お父上は?元長様は?」
「もうすぐ兵を引き連れて、堺にやってくるはずです」
「やったあ!元長様が帰って来てくださるぞ!」
「おおおお!やったるぞ!」
元長の名を聞き、兵たちが沸き立った。
総大将が誰なのかも、やはり兵の士気にも影響するのである。
<<続く>>
コメント