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勝手に大河ドラマ「三好長慶」第19章 柳本賢治、死す

大河ドラマ

<<第18章>>

■第19章 柳本賢治、死す

「えっ?えええ~?」
 阿波・芝生城の練武場で、「男は黙って高倉健」を地で行く無口な塩田胤光(しおた たねみつ)が、思わず驚嘆の声を発した。
「これほど上達されるとは!」
「男子三日会わざれば何とやらですね」
 塩田胤光の次男・胤正と三男・胤氏も驚いた。
 元長の馬廻衆(護衛)である塩田親子も、長男の胤貞を京に残し、芝生に帰還している。
 3人が驚いたのは、千熊丸(後の三好長慶)の二刀流の上達ぶりであった。
 千熊丸は、「あたかも2人の人間が、1人に合体したかのごとく、左右の剣を別々に動かせるように」との胤光の指導を常に意識し、鍛錬に励んできた。その結果、右手で和歌を書きながら、左手で絵を描けるほど、左右で別々の動きをすることができるようになっていた。
「これからどのように鍛錬すればよいでしょうか?」
 千熊丸は尋ねた。
「・・・」
 胤光は驚きすぎて言葉を失っていた。
「一忠兄から三刀流を学ぶとか?」
「ちょっと早いですが、刃筋を正確にするために、真剣で巻き藁を斬るのはどうでしょうか?」
「・・・そ、そうだな。真剣での巻き藁斬りをしましょう。今後は、弓術、槍術、馬術、それに軍配法もご教授いたします」
 息子らの意見を聞いて、胤光はやっと声を出した。
「胤正、お前は千熊丸様と共に蔵へ行って、千熊丸様に合う真剣の小太刀を選んでまいれ。胤氏、お前は巻き藁の準備をせよ」
「はい」
 3人が去った練武場で胤光は刀を振り始めた。
(私が10年かかった両刀術を数年で・・・私も幼少期から両刀術を学んでいれば・・・)
 胤光は、このあと滅茶苦茶鍛錬した。

「元長様、鍛錬はなさらないんですか?」
 縁側で座っている元長に、這い寄ってきた三好元長の妻・春が、不満そうに尋ねた。
「・・・ああ、そうだな・・・」
 元長は上の空で答えた。
 京を手中にするために長年準備し、戦ってきた元長であったが、その目標を達成し、主君の六郎から不要とされた今、自身の存在意義を見失っていた。
「父上~!」
 千熊丸を除く元長の子らが駆け寄ってきた。
「お前たちはいつも元気だなあ!」
 元長は子らと戯れた。
(子らには癒されるが、このままでは・・・)
 元長は思った。

「先生、俺と戦ってください」
 元長は悲壮な覚悟をもって、大善寺に先生を訪ねた。
「元長よ、今のお前が、本気のわしと戦えば、死ぬぞ」
「それでも構いません。このままでは、俺は死んでいるも同然です」
「惜しいのう。お前には伸びしろがあるのにのう・・・」
「えっ?俺にまだ伸びしろが?」
「お前は、わしを空中に浮かせて打撃を加えれば、わしを倒せるとぬかしておったが、まだ足りんぞ。素手で大木を倒せるくらいの打撃でなければわしは倒せん。それに、今死んでいいのか?千熊丸たちはどうなるのじゃ。千熊丸は、あれは良い武将になるぞ。そんな千熊丸と、親子で共に戦場を駆け回ったら、どれほど楽しいことか・・・惜しいのう」
「俺に、まだ伸びしろがあったとは・・・」
 元長は密かに武を極めたと自負していた。
「先生、出直すことにします。あの大木を俺が素手で倒したら、戦ってください」
 元長は山の斜面に生える大木を指差した。
「元長、拳をさらに鍛えろ。部位鍛錬じゃ。しかし無理はするな。徐々に鍛えるのじゃ。普段の鍛錬も怠るな。春も子らも鍛えてやれ」
「先生、ありがとうございます!」
 元長は、このあと滅茶苦茶鍛錬した。春が喜んだことはいうまでもない。

「笑えねえ・・・グスッ・・・まったく笑えねえなあ・・・」
「加介、もらい泣きか?」
 涙を流している三好加介に、三好家長(柚爺)が声をかけた。
 秋らしい季節になった9月の吉日の夕刻。摂津の長洲荘の代官所から、三好政長の2人の妹たちが、白木の輿に乗り、政長とその軍勢に守られながら、河内の木沢長政と摂津の池田信正の許へと嫁入りするのである。
 余談だが、戦国時代の嫁入りでは、白木の板輿が「白輿」と呼ばれて正式なものだった。
 なお、池田信正へは下の妹が嫁ぐが、池田氏には名門の自負があるというので、家格を考慮し、政長の養女として嫁ぐことになった。一代官に過ぎず、しかも長く高国方であった三好長尚の娘としてより、桂川原の戦いの英雄であり、元長が去った後の畿内で三好の総大将となり、守護代相当といえる政長の娘としてのほうが、当然、箔がつくのである。木沢長政にはそのようなこだわりはなかった。
 姉妹が2人とも同じ日に出立するのは、二度も涙を流したくないという長尚の妻のたっての願いからである。
 政長は、堺、摂津、山城から兵を集め、立派な嫁入り行列に仕立て上げ、それを自らが率いて出発した。単なる嫁入りでなく、政長の示威の意味ももたせたのだ。
 姉妹の母である長尚の妻は慟哭しながら見送った。それを見て、やはり二人同時に送り出して正解だったと長尚は思った。
「柚、いろいろありがとな。言えた義理じゃないかもしれないが、政長のことをこれからも頼む」
 長尚は、弟の柚爺(家長)に礼を言った。
「長尚兄、わしらはこれからも精一杯、政長を支えていくつもりじゃ。なあ、加介」
「加介もありがとな。娘たちも守ってくれたんだよな。娘たちから聞いたぞ」
「長尚爺・・・うわああああん」
 加介も耐え切れずに慟哭した。
(さようなら、俺の初恋)
 加介は心の中で、初恋に別れを告げた。

「おい!なんでお前は俺の下につかねえんだよ!」
「そうだよ、元扶殿。それに、城を守って討ち死にするまで戦わなくても。城を捨てて逃げればよかったのに」
 11月21日。柳本賢治は、池田信正ら摂津勢と共に、伊丹城主の伊丹元扶(もとすけ)を追い詰めた。摂津で唯一の元長派となってしまった元扶は、賢治に協力しないために、賢治の逆鱗に触れてしまったのだ。
「元長様は、私の戦友だからです・・・元長様は、戦友のために、命を張るお方だから、私も命をかけるのです・・・」
 元扶は、賢治に必要以上に痛めつけられ、瀕死の状態である。
「元長様は、あなたも戦友だと言って、あの日、東寺へ、武器も持たずに、単身、細川尹賢を探し出すために、命がけで殴り込みに行ったのです。軍勢を動かせば、和睦が破綻してしまいましたからね・・・」
「う、嘘だろ・・・」
「えっ?何の話?」
 事情を知らない池田信正はキョトンとした。
「東寺では秘密にしろと言われましたが、終わった話ですし、もういいでしょう・・・」
「何故もっと早く言ってくれなかったんだよ!」
「将軍との秘密の約束を、軽々しくは言えませんからね・・・それから、この際だから、私の秘密も言いますね・・・実は、私は、薬師如来の化身なのです(第10章参照)。私を舐めれば長寿が約束され、私を殺せば、当然、仏罰を受けます。ロクな死に方をしないでしょう・・・ガクッ」
 元扶は事切れた。
「ええっ?・・・今から舐めても間に合うかな?」
「間に合いません。ガクッ」
「嫌な死に方~」

「高国様、わしが京を取り戻したら、わしを備前と美作の守護にしてくれ」
 高国は目をつむり頷いた。実際は、こっくりこっくりと、居眠りをしているだけである。
「播磨を平定したら、播磨の守護にもしてくれ」
 高国は目をつむり頷いた。
「さすが太っ腹じゃ!皆、聞いたか!高国様が約束してくださったぞ!いよいよ、わしらの時代が来たんじゃ!」
 享禄3年(1530年)1月、浦上村宗(うらがみ むらむね)と家臣らは、備前・三石城で歓喜した。
 わしがキャスティングするなら、浦上村宗は、今の岡山県の武将なので、千鳥の大悟さんじゃな。
 村宗は、備前守護代であるが、主君であった赤松義村(あかまつ よしむら)を暗殺し、その嫡男・晴政(はるまさ)を半ば傀儡にして、美作・備前・西播磨で実権を握っていた。
 高国は、伊賀から伊勢、越前、海路で出雲、備中、備前へと流れ、ついに京奪還に協力してくれる有力な大名・浦上村宗と巡り合ったのである。
「わしらが東播磨へ進軍したら、六郎方からは誰か出張って来よるかのう?」
「おそらく柳本賢治と摂津国衆が援軍に来るでしょう。伊丹城も、賢治と摂津国衆が攻め落としたということですし」
 村宗の問いに対して、宿老の島村貴則(しまむら たかのり)が答えた。
 島村貴則は、わしが配役するなら、千鳥のノブさんじゃな。蟹っぽい顔の人がよい。
「柳本賢治か。強そうじゃのう・・・そういえば、義村を殺したときに使うた者は、今どうしとるんじゃ?お主が、室津の遊郭から逃げ出した少年を拾うて、山伏の衣装を着せて、義村を暗殺させたじゃろ。あの、しゃべり方のクセがすごい奴じゃ」
「それが面白いことに、今、柳本賢治のところにおるんですよ」
「はははは。賢治も運のない男じゃ。よほど罰当たりなことでもしたんじゃろうな」

「面(おもて)を上げよ」
 5月、引接寺の大広間で、堺公方・足利義維が言った。
 大広間には、六郎方の武将が勢ぞろいしている。細川尹賢(天邪鬼)の姿はない。
「高国が、備前守護代の浦上村宗と共に、摂津へ攻め入る動きを見せているそうだが、大丈夫なのか?」
「はい。東播磨の別所就治(べっしょ なりはる)や小寺政隆(こでら まさたか)からの支援の要請を受けて、既に援軍の準備を整えてますぜ」
 義維の問いに、賢治が答えた。
「賢治、頼りにしておるぞ。高国の息の根を止めてくれ・・・松井宗信からも何か報告があると聞いたが?」
「恐れながら申し上げます。義晴方との和睦の条件について、話がまとまりましたので、ご報告申し上げたく存じます」
「おお、そうか。六角定頼殿との話し合いがまとまったのだな。申してみよ」
「はい。大変申し上げにくいのですが・・・まず、義維様の阿波へのご退去が、第一の条件となっております」
 武将らがザワザワとし始めた。
「そんな条件が飲めるはずがない」
「義維様の将軍ご就任こそ、我らの悲願なるぞ」
「松井、お前は今まで何をやっていたのだ!」
「義晴から銭でも握らされたのか?」
「この裏切り者が!」
 ざわつきは、次第に大声の野次へと変わっていった。
 可竹軒周聡が立ち上がった。
「静粛に・・・松井殿、ふざけておるのか?そのような条件、認められるはずがなかろう!馬鹿者が!」
「わしは・・・」
 六郎が泣き出しそうになった。
「カーーーツ!!!」
 周聡が、六郎の耳元で「喝」と大声で叫び、六郎の機先を制した。六郎はフリーズした。
「高国も攻めてくるのだ!和睦はなしじゃ!松井殿、腹を切れとはいわん。頭を丸めて出家されよ!交渉役も解任じゃ!」
 周聡が松井に命じた。
「はははは。松井、お前、坊主だって。はははは」
 賢治が笑った。
「賢治殿、お主もじゃ」
「ええっ?俺も」
「当然じゃ!お主にも連帯責任がある。お主も坊主じゃ!」
「えええっ?」

「くそっ、なんで俺まで坊主に・・・」
 賢治はツルツルに剃り上げられた頭を撫でた。
「よくお似合いザンスよ。どうザンスか、出陣の景気づけに酒でも」
「俺はこう見えて、戦の最中は酒を飲まねえんだ。家臣に示しがつかねえからな。それよりも、また道案内を頼むぞ」
「播磨出身のわちきに任せるザンス」
「よし、出陣だ!」
 5月15日、賢治の軍勢は、京から播磨へ向け出陣した。

 賢治は、別所勢や小寺勢と合流し、浦上方の依藤城を攻めた。
 しかし、40mほどの高さの峰上に築かれた依藤城は攻めづらく、包囲から1か月ほどが過ぎた。
「賢治様、誠に残念なご報告です。お兄様の波多野元清様がお亡くなりになられたとのことです・・・」
 家臣が訃報をもたらした。
「兄貴が・・・」
 6月7日、波多野元清が没した。3年前の桂川原の戦いの頃から体調を崩していた元清であったが、快復することなく、病で亡くなったのである。
 戦も小康状態になった6月29日の晩、依藤城にほど近い、東条谷の玉蓮寺の陣中で、賢治は浴びるほど酒を飲んだ。
「賢治様、見事な千鳥足ザンスね。相席よろしいザンスか?」
「浄春じゃねえか。お前も飲め」
「戦の最中は酒を飲まないはずじゃなかったザンスか?」
「兄貴が死んだんだよ。飲まずにいられるか!」
「どんなお兄様だったんザンスか?」
「兄貴はなあ、俺とは違って、そりゃあ賢くて、教養があって、人格者よ。兄貴がいなけりゃ、俺もここまでになれてねえよ。お前には兄弟はいないのか?」
「いないザンス。兄弟どころか、父親も分からないザンス。わちきの母親は、室津の遊郭の遊女ざんしたから」
「だからそんなしゃべり方なのか」
「ところが母親も病気で死んだザンス。それからしばらくは遊郭の下男として働いていたザンスが、ある日、なじみの客が、遊女じゃなく、わちきを指名したザンス。美少年のわちきを前々から狙っていたそうザンス。二枚目は辛いザンスね。わちきは金欲しさに相手をしたザンスが、気持ち悪いことばかり要求してきたんで、思わず殺してしまったザンス」
「えええっ!」
「わちきは逃げたザンス。けれども、カニのような顔をした侍に捕らえられたザンス」
「それでどうなった?」
「わちきは必死で事情を説明したザンス。するとカニ侍は、それは仕方がなかったと事情を分かってくれたザンス。そして、金になる仕事を紹介してくれたザンス」
「ああ、それが道案内か」
「違うザンス。これザンス」
 浄春は仕込み杖を抜刀し、賢治の腹に突き刺した。
「おい!」
 賢治は浄春につかみかかろうとしたが、千鳥足がもつれ、倒れた。
「これでお兄様のところへ行けるザンスね。わちきは村宗様からガッポリ褒美をいただけるザンス」
「お前は木沢長政の家臣じゃなかったのか?」
「わちきは金をくれるなら誰でもいいザンス。それでは、さよならザンス」
 浄春は風のように消え去った。
 お気付きの方もおられると思うが、浄春のモデルはトニー谷さんである。
「ちきしょう・・・俺は・・・串に刺さった団子じゃねえぞ・・・」
 賢治は、自分の丸みを帯びた腹に突き立てられた仕込み杖を見ながら言った。
「おい!大変だ!」
 賢治を発見した家臣が触れ回り、皆が賢治の許へ集まってきた。
「賢治殿、おいたわしや・・・」
 池田信正が合掌した。
「・・・まだ死んでねえぞ・・・浄春にやられたぜ・・・浄春は、浦上村宗の回し者だった・・・甚次郎、虎満丸を頼んだぞ・・・」
 賢治は、柳本甚次郎の手をつかんだ。
「・・・元長がいてくれたらよう・・・」
 賢治は息絶えた。
「退却だー!」
 甚次郎が叫んだ。

<<続く>>

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